2015/04/06

香港のお隣・深圳の思い出話

香港のお隣、深圳のお話を。
深圳は中国広東省にある経済特区で日本語ではシンセンと読みますが、広東語だとサムチェン、普通語はシェンチェンです。
「経済特区」というのは良く聞きますが、どういうところなのか・・・?
経済発展のために特別な地位を与えられている地域で、香港に隣接している深圳、マカオに隣接している珠海、汕頭、厦門、海南島が指定されています。
中国でありながらも特区内への往来は一般の中国人は自由に出来ません。
仕事を求めて密入国する人も多く、私が住んでいた2000年頃はストリートチルドレンや浮浪者が多くて非常に治安の悪い街でした。

広東省の都市でありながら、地方から来た人が多くて広東語が通じないという面白い街でもあり、街中で話すのは普通語です。
実は「深圳に行った事がない」という香港人も多いし、香港に長年駐在していた日本人も行った事がない人が多いんです。深圳あるあるですね。

2000年当時、相方の事情で毎月深圳に泊まりで行っていました。
20代の女の子1人で国境を越え、酷いときは1人で何時間も駅付近で相方を待ち(私、当時は携帯なし)、今考えたら「大したもんだなー」と思ったりして(笑)。

というのも、駅前の商業ビル【羅湖商業城】に居れば大丈夫と思うかもしれませんが、ビル内もスリや盗難、暴行事件が多かったり、日本人女性が1人でいると狙われることも多かったのです。

幸い、当時は多少の普通語が出来たので大きなトラブルはありませんでしたが、私のこの図太い神経は生まれ持った性格+この深圳通いの2年でかなーり濃くなったと思われます(笑)。

初めて深圳を訪れたのは1998年で、パーマをかけてちょっと茶色い髪、スカートを履いていた私は完全に相方の「中国人の愛人」だと思われてしまい、お店に入ると普通語が出来る相方ではなく、私に声をかけてくる店員に「なぜ???」とハテナだらけでした。
どうやら「日本人駐在員を同伴しているキャバ嬢」とか「日本人駐在員の中国人愛人」と思われていた模様。
当時はまだ女性も当たり前にスカートを履いていない時代でした。

余談ですが・・・・日本企業もたくさん進出していて、単身赴任で来ていた日本人駐在員も多かったですが、当たり前のように現地で愛人を囲っている彼らをたくさん目の当たりにしてゲンナリしました・・・。

初めて訪れた深圳で「経済特区」という選ばれた街の発展にも驚きました。日本では見たことがないような高層ビルが立ち並び、お金持ちが住むようなゴージャスな高層マンションもたくさんありました。
その一方で貧しい人たちも多く、道路脇にあるバラック小屋に干してある洗濯物を見て「え?人が住んでるの?」と衝撃を受けました。
ホテルの窓から街を眺めると、ビルの隙間にある雑居ビルは今にも崩れ落ちそうで、でもそこで人が生活しているのが見えました。
 香港はあんなに治安も良く、何もかもが日本と変わらないのに、国境ひとつ超えただけでこんなにも違うものなんだとカルチャーショックでした。
羅湖駅前にたくさんいるストリートチルドレンにも絡まれたことがありますが、「かわいそうだと思って手を差し伸べたらだめ!かわいそうだけど捕まれたら手を振りほどいて!」と言われ、心が避けそうな思いでした。赤ちゃんを抱っこした4歳くらいのストリートチルドレンも、本当ならば親に甘えている歳なのに、こんなところで何をやってるの?と見ていて切なくなりました。

最近では羅湖駅前のストリートチルドレンもいなくなり、地下鉄も出来、比較的以前よりは気楽に楽しめると聞いて驚きました。
15年も離れているとこんなにも変わるんですね。
駅前広場にに「中国万歳!」みたいな大きな看板があって、いかにも中国らしかったのだけど、もうあれもないのかなぁ〜。

私が知っている深圳はもうないと思いますが、初めて訪れた衝撃と通って受けた衝撃は今でも忘れることが出来ないし、自分の世界観を変えた出来事でもあります。
次こそは!と思いつつ、帰国してから14年ほど足を運んでいませんが、今度こそ行ってみたいな。どれだけ変わったのか肌で感じたい。
あの、羅湖駅で降りて国境の側を越えた瞬間に感じる空気の違いは今でも感じるのだろうか・・・。


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